2013年03月31日

原稿

僕の職場である、障害を持つ子の通う学童クラブ「こぴあクラブ」が舞台のドキュメンタリー映画「世界一すてきな僕たち私たちへ」が、約三年の撮影をへてついに完成しました。
映画の宣伝用のチラシ、製作上映委員会ニュースNo-3のために書いた原稿です。
チラシに掲載するには長すぎて、かなりカットしなくてはならないようなので、原文のままここに載せておきます。


僕は、この映画の舞台である、障害を持つ子どもたちの放課後学童クラブ「こぴあクラブ」で働いて四年目を迎えています。
きっかけは、音楽を続けるためのアルバイトを探していて、手に取ったタウンワークのページをパラパラめくったことでした。
「障害って何なのか」「誰が何をもって障害とするのか」なんとも腑に落ちない思い、「なんか隠されている気がする」という気持ちの引っかかりはずっと持っていたので、一度体験してみたい、真実を知りたいと、こぴあクラブに電話しました。
他のスタッフのように、福祉の仕事を目指していたり、勉強をしてきたということも一切ないままに、見学・体験をへて、なぜかトントン拍子で採用ということに決定。
「今日はこの子の担当です。」と、引き継ぎ書を読み、班のリーダーから口頭で引継ぎを受け、もうデビューです。
初めはかなりびっくりしました。例えば「自閉症」とされている子でも、一人一人の感情表現や特徴は全然違っていて、その表現のダイナミックさや、多彩さ、「こぴあクラブ」約30名の個性派集団っぷりに、圧倒されました。
一日一日が完全に手探り状態で、とにかく必死、保育が無事に終わると、安堵とともに疲れがどっと押し寄せ「いやー厳しいなあ、続けられるかなあ」と感じる日々でした。
しかし先輩のスタッフは、学校へ送迎に行く車の中で、とても楽しげに子どもたちの様子を話しています。「楽しい、面白いって思える日が、はたして僕にも来るのかなあ?」当時の正直な気持ちです。
手探りの付き合いの中では、障害に対してではなく、彼ら一人一人と向き合って、個人のパーソナリティーに対して、僕からも正直に対等に喜怒哀楽を表現していきました。
あまりにも真正面から気持ちをぶつけ合ってしまい、お互い引くに引けなくり、まるでガチンコで殴り合っているかのような悪循環にも何度かおちいりました。
でも、そうやってやりあううちに、ふと心が通じ合えた気がすることが少しずつ増えてきました。
そして、いつの間にかお互いが無理をしないでらくにすごせる状態や距離感が掴めてきて、二人の関係の中でのコミュニケーションも上手くいくようになり、心の距離がどんどん縮まっていくのを実感できるようになってきました。
そうすると、他の子たちも独自のタイミングで、それぞれ独特のやり方で「おまえのこと受け入れているよ」ということを伝えに来てくれるようになりました。
「今日だめだったなあ・・・ハァー」となっていると、僕に関心がないとばかり思っていた子が、不意に人差し指でこめかみを「こいつ」って感じでちょこんとつついてきて、はっと我に返るようにそっちを見ると「ニヤッ」と笑って、まるで「こぴあへようこそ」と言われたような気がしたこと。
いつもは水たまりにダイブしたりして、けっきょく一緒に泥まみれになってしまう、僕のケンカ相手という感じの子が、その日は僕が心にダメージを負ってるのを察知したのか、黙ってじっと寄り添うようにいつまでも隣に座っていてくれたこと。
それまで僕がコミュニケーションだと思ってきたやり方が、言葉のやりとりだけに頼った何とも貧弱で薄っぺらいものであったということを、彼ら一人一人がそれぞれのやり方で僕に教えてくれたように感じています。
情報で溢れかえる世の中で、それに振り回されることなく、シンプルに暮らしていけばいいんだと、なんとか正気を保てているのも、彼らとの出会いのおかげだと思っています。
晴れてこぴあクラブの一員になれた僕は、今では学校へ送迎に行く車の中で、楽しげに子どもたちの様子を話しているスタッフの一人です。

彼らそして彼らの家族とおつき合いさせていただいていると、とても肩身の狭い思いで暮らしているんだろうなということを強く感じます。
彼らと一緒に町に出ると、障害を知らないことが原因だと思われる、彼らへの「恐れ」や「見て見ぬふり」によく出会います。そして時には「嫌悪感」「憐れみ」や「同情」にも。
こぴあクラブでは、火曜日には中高生で「夕食づくり」をするのですが、そのときいつも近所のフジマートというスーパーに買い物に行っています。そこのレジのおばちゃんは彼ら一人一人に「はい、よくできたね」「ごくろうさん」など、近所の子に話しかけるのと同じように、とても自然に気さくに声をかけてくれます。
その態度は、一緒に買い物に行っている僕らスタッフをも気持ちよくさせてくれます。
そのたびに「この地域の人全員が、このレジのおばちゃんのような感じだったら、世界は全く違うだろうに」と、僕は思います。

想像してください。難しいことじゃないはずです。
障害者が健常者のルールに、より多く歩み寄れることが是とされる不思議さ。
地域の中で、障害者が健常者と遊ぶと「交流」と呼ばれる違和感。
彼らの家族が「ご理解とご協力をお願いいたします」と、常に頭を下げ続けなければならないこと。
「知らない」という言葉ですましてしまうことが、より彼らを苦しめていることを。
この映画を観ると「自分との共通点」「親近感」をいっぱい感じられると思います。
創造しましょう。
誰もが自分自身のままでいられる世界を。


こぴあクラブスタッフ 三輪雅也

posted by 三輪雅也 at 14:12| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする